柿木畠

2017/11/08

f:id:k10no3:20110822210758j:image:w200:right★2011年−金沢桜百景★023★ 金沢 曇り、柿木畠は藩政時代からある町名で、まちの真ん中には、藩政期に築造された金沢城西外惣構堀が、現在も水を湛えており、飲食店を中心とした活気ある商店街のなかに、歴史的風情とうるおいを醸しだしています。火事が多かった藩政時代に、火除けとして植えた柿の木は、宝暦8年(1758年)当時のの金沢町絵図では、150歩ほど(約500平米)の畑として見ることができますが、宝暦9年(1759年)の大火災により、すべて消失してしまいました。

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【撮影日2011年4月10日(日曜日)PENTAX K-x】